<コラム>My Hair is Bad、ハンブレッダーズ、KOTORIらの卒業ソング5選ーー来たる別れを人生の護符にするために

<コラム>My Hair is Bad、ハンブレッダーズ、KOTORIらの卒業ソング5選ーー来たる別れを人生の護符にするために

2026.02.19

DigOutでは2月頭に「勉強に集中できるBGM」と題し、受験や期末のテストを後押しする作品たちを紹介したが、机に向かい続けた日々を抜ければ、卒業の季節がやって来る。

そこで本記事では、「2026年版・卒業ソングおすすめ10選」として定番曲から最新曲までを束ねたプレイリストから全5曲をピックアップ。別れの寂しさを、それぞれの道を歩んでいく誓いと再会の約束に変えてくれる楽曲を選択した。

文:横堀つばさ

yubiori『いつか』

<遠くへ行ってしまう君に 伝えたいことがあるんだ>

全力投球の2カウントを合図に駆けだすビートと、喚き出す激情的なギターに導かれるこの歌は、こんな独白のような1ラインで幕を上げる。かと思えば、続く1行は<この先 少しづつだけど 心も離れてゆく>であり、その先も<青春の誓いなんて役に立たないのさ>と、もはや残酷なまでのリアルが積み上げられていく。

確かに、社会人として労働に勤しみながら作品を生み出してきたyubioriにとって、こうしたリリックは変えようのない事実の記載であり、彼らの下を去っていったライバルたちが少なくなかったことも想像に容易い。

しかし一方で、yubioriはどこへ行こうとも、アルバムにどれだけ埃が被ろうとも廃れない連帯を探し求めている。取材にて「俺のことを忘れないでいてくれると嬉しい、という気持ちを歌にしています」と⽥村喜朗(Gt/Vo)が口にしている通り、彼らの楽曲には「どこかの街で穏やかに暮らしていてほしい」という親から子への仕送りにも似た慈愛が脈打っているのだ。

では、友の暮らしの一部になるとはどういうことなのか。その答えはネクタイで縛られていた肉声を解き放ち、汗だくで叫ぶ<朝起きて 働いて 家路を急ぐ たまに君の歌を口ずさんで>という最後の1行にあった。君と一緒に聴いた歌で、あなたと帰路で熱唱した曲で、少しだけ唇を震わせてみる。

さすればそのメロディーが、交わした幾つもの約束を取り戻させてくれるはず。東京・横浜を中心に活動する5人組・yubioriが2ndアルバム『yubiori2』の先行配信曲として世へ放った、旅立ちの懐にしまっておきたい方位磁針。

ハンブレッダーズ『またね』 

階段状に上昇していく7音×4回のリフレインがフレンドリーに聴き手を出迎える、TVアニメ『BORUTO-ボルト- NARUTO NEXT GENERATIONS』のエンディングテーマ。

初めて手にしたCDが『NARUTO-ナルト-』のベストヒットコレクションだったというムツムロアキラ(Vo/Gt)にとって、同アニメへの寄稿はどう考えても夢の1つに違いない。そう思うと、彼らのディスコグラフィーにおいて殊更にまん丸とした音像は、単にお茶の間をレンジに入れることを目的としているわけではなく、幼少期のムツムロ自身に向けたノスタルジーの表象でもあるのだろう。

その懐かしい手触りは<失くしたキラカード><途中で辞めちゃったピアノ>なんてリリックにも宿っているのだが、この曲は決して大人たちに青春時代のアルバムを届けるだけでは到底終わらない。

<見たこともない街の風景に 懐かしい出来立てのパンの匂い>と場所が変われども、決して損なわれない温もりがあることを射止めつつ、<限りなくテキトーに生きて欲しい>とささやかな幸福を祈ってみせる。友から友へ送る言葉であると同時に、4人からこの先大人になっていく少年少女へ託したい願いがここにある。

「さよなら」よりも、「バイバイ」よりも、「またね」が良い。次があるから。これでお別れじゃないから。彼らはこんな言霊を現実にするために歌を響かせるのだ。不条理な現実や圧力にキラキラとした騒音でグーを掲げてきたハンブレッダーズによる、別れという不可避の出来事に向けた抵抗歌。

Blue Mash『2002』 

たった4文字の数字なのに。これは3月にビクターエンタテインメントからメジャーデビューを果たす大阪寝屋川発の4ピース・Blue Mashが、自身のツアーに付与したサブタイトルである。その数字とは、2002のこと。メンバー全員の生まれ年を冠した『2002』では、チャイムを彷彿とさせるリバービーで勇壮なギターが高らかに鳴り響くと同時に、開幕から22秒地点で爆発するプレイによって、歳を重ねていく焦燥と決心がバーストしていく。

半ば自らに言い聞かせるように、リリック通りの明日を手繰り寄せるように放たれる、慟哭にも類する<このまま僕らは大丈夫さ>のロングトーン。踏み出す方向を間違えれば美辞麗句にもなりかねない脆さを孕んだこの最終行が痛切なのは、スーツを着こなせるようになってしまった自分に対して「お前はこのままで良いのか?」と発破をかけ、<真夜中 駆け出した衝動よ テレキャスターを鳴らせ>とあらゆる不安をロックンロールで大地を蹴るための原動力へ変換した後の1節だからだろう。

ライブにおいて「シンガロングなんていらないんで!」と優斗(Vo/Gt)が咆えているのは、彼ら4人がオーディエンスの代弁者である証左のはず。そう思うと、2002というたかが4桁の数字は、単なる生まれ年としてだけではなく、フロアの未来を象徴するフラッグなのかもしれない。

KOTORI『春一番』

ほのかに甘ったるい香りを運んできた夏風に幸福だらけだった日々の追憶を重ねる『シャンプー』や、シャンシャンとなるシンバルが澄み切った冬の19時半を想像させる『オリオン』をはじめ、四季折々で異なる歌声を咲かせてくれるKOTORI。そんな彼らが、卒業シーズンに添えた1曲。

同ナンバーを収めた3rdフルアルバム『We Are The Future』は、横山優也(Vo/Gt)が各所で語っているように、彼らの武器であった捻くれ知らずのアンサンブルを飛び越え、BPMを落とした演奏によってディープに潜っていくことを視野に入れた1枚であったが、数秒おきに背中を叩いてくれる細やかなブレイクや小気味良く躍動するビートからは、そうしたチャレンジの痕跡が見つけられる。

一方、<100年先の未来も僕らずっと友達でいよう><サンキューマイフレンド 最後は笑って いつかまた>と書き記された思いは、極めてピュアで春らしい力の抜けっぷり。なかなか会えなくなったって、距離が遠くなったって、共に寄り道をしたささやかな記憶が2人を結び続けてくれるはず。MCで「いつまでも格好良い関係でいよう!」と叫んでいることを考えれば、ここで刻まれている友情は、そのままバンドとリスナーの関係にも置き換えられるのではないだろうか。

My Hair is Bad『思い出をかけぬけて』

「初めて、本当の意味で誰かのために曲を書いたような感じがします」。椎木知仁(Gt/Vo)がこう語っている通り、My Hair is Badが『映画クレヨンしんちゃん オラたちの恐竜日記』へ捧げたこの作品は、肝心なことをはぐらかしてばかりのアイツに対する狂わしいほどの愛しさや、皺の1本までがいじらしいあの子に向けたドロドロした恋心を書き留めてきた3人が、誰かに、もっと言えば映画を観た子供たちに人生の伴走曲として手渡した1曲である。

皮の厚い指が弦と擦れる音までをパッケージングしたアコースティックギター、ポロンポロンと控えめに、しかし確かにリリックを彩っていくピアノ。ロックバラード然とした清らかな音像を核としつつ、マーチ調のリズムパターンやグググっと上へスライドしていく旋律に乗せて、楽しいことばかりだった眩しいほどの記憶が舞っていく。

20代最後の停車駅として建設した5thアルバム『angels』にて、<大好きばかり見つけに行きたい>(『歓声をさがして』)と歌っていた彼らは、同ナンバーにて<それは君が今よりも素敵な なにかに出会うから 君が君に出会うから>と愛する人も趣味も街も変わっていく時の流れを強く肯定してみせる。

My Hair is Badに言わせれば、思い出は抱きしめるのではなく、駆け抜けていくもの。車窓から見える景色みたいにビュンビュン後ろへ流れていくそれらは、決して無駄になることはない。ふとした時に背中を押す記憶を抱えたまま、生き抜いていこう。そして、その先でまた会おう。<思い出の向こう側でまた会う約束だ>のラストラインは、校門で手を振り合った学友との指切りに他ならない。