2026.09.25
君がいつまでも大切にできるお守りみたいな一言を届けるためだけに、零度poolは耳元で、大声で、しつこく、うるさく、語りかけ続ける。2025年1月に結成された「無政府状態ポストシューゲイザー・ユニット」は、それから2年足らずの間に4枚のフルアルバムと9枚のEP(!)をリリース。歪みと残響によって輪郭を溶かした音像を通底させつつ、ループ感のあるビートからハイエナジーなバンドサウンドまでを往来してきた。既存のフォーマットを大胆不敵に解体し、身体性からの逃走を図り、匿名性に身を隠す。その方法論は大衆を煙に巻くためのアイデアではなく、むしろたった一人を突き刺すための最適解だ。ボーカル・美術担当のlj∮Åと、トラックメイカー・木田昨年に話を聞いた。
文:サイトウマサヒロ

ーー木田さんは零度poolやその他の音楽活動を始めるより前から、現代詩や短歌の分野でも活躍されてきましたよね。創作の原点はどういったところだったのでしょう?
木田昨年:学生時代、めちゃくちゃ落ち込んでた時期に、現代詩と短歌をやっている方に出会って。短歌を詠んでみてと言われたからやってみたら「めっちゃ上手い」と。まったく興味もなかったし、57577で詠むというルールも、その奥深さもよくわからないままに続けていたら、落ち込んでいたのが自然に良くなっていったんです。創作して発表すること、人に見てもらうことがこんなにも癒しになるのかということに初めて気付いた。だから原点は文学で、今も音楽で短歌のエッセンスをふんだんに用いています。
ーー木田さんのnote記事にて拝見しましたが、初めて詠んだ〈病室の強化硝子が割れるほど花火が咲いた、咲いた迷惑〉には、当時の木田さんの思いが刻まれているんですね。一方で、音楽にはどのように触れてきたのでしょう?
木田昨年:母親がTHE YELLOW MONKEYの大ファンで、僕も聴いていました。あとは中学生の頃に『けいおん!』が流行っていたのも重なって、エレキギターに触れて。ただ、あくまでそれは趣味というか、僕の音楽は人に見せられるレベルじゃないと思い込んでいたから、表に出さずにやってきました。未だにリスナーさんがいることが信じられないし、耳を傾けてもらえることへの感謝が尽きないですね。だからこそ、ただ共感を呼ぶだけではなく、音楽としてリスナーさんの傍にいられる距離感を、ずっと測り続けています。
ーー音楽に対する思いは内に溜め込んできた一方で、文学を発信することで初めて得られる感覚があった。
木田昨年:そうですね。ただ、文学は続けるうちに賞レースを意識するようになってしまったというか。だから今は、その型を変えながら適切な距離を保っているんです。音楽はリスナーさんの生の声が思わぬ角度からの内容であることも多くて、いつも感動していて……そのせいでエゴサが捗るんですけれど。
ーーそして一方のlj∮Åさんは、eerie-eery名義で人形作家としても活動しています。同じように、これまでどのような表現を行ってきたのか聞かせていただけますか?
lj∮Å:私は元々ファッションの専門学校を出てまして、デザイナーを経て、服をオーダーメイドで制作するお店を友人とやったりして。そこで服だけではなくお人形やアクセサリーを作っているうちに声がかかるようになり、最近はお人形をメインに制作するようになりました。音楽に関しては、高校時代の友人と宅録ユニット(わけいでし)をやっているのですが、ただ楽しくやろうみたいな感じで(笑)。聴くことはずっと、すごく好きです。
ーー人形作りと音楽活動はまったくの別ルートというか。
lj∮Å:元々は別でしたね。個展で自分が演奏したピアノの音源を流す程度で。だけど、木田さんから「一緒に人形劇を作らないか」と声をかけていただいて、初めて人形の作品に音楽が付いたものをやったんです(※2025年1月にネオンネウロンとeerie-eeryとして発表された共同制作企画「人形劇『弦と糸の交錯論』に捧ぐトラック集」)。その時に初めて創作として、立体作品と音楽のことを一緒に考えました。それが零度poolを組むきっかけにもなった。
ーー零度poolの結成が2025年1月26日ですから、共同企画の制作と零度poolの構想はほぼ同時期に進んでいたということになりますよね。
木田昨年:大阪にギニョールという雑貨屋さんがあって、そこでeerie-eeryの作品を見て、興味がどんどん湧いてきて。インスタグラムを通じて一緒に制作をしませんかというお願いをして共作が始まったんですけど、その手応えがすごく良かった。作品作りに真摯というか、熱量が僕と本当に同じくらいなのが嬉しくて。この人ならめちゃくちゃ信頼できるパートナーになってくれるかもしれないと思い、改めてユニットを組んでくださいとお願いしました。
ーーちなみに、音楽に関して2人が最も影響を受けているシーンやアーティストはどの辺りなのでしょう?
木田昨年:……言ってしまうと、僕は本当に音楽に疎いんですよね。なのでむしろeerieに教えてもらってるくらい(笑)。その中でも影響を受けたのは、THE YELLOW MONKEY、People In The Box、死んだ僕の彼女、あとは最近仲良くしていただいている溶けない名前とか。
ーー軸にあるのはロックなんですね?
木田昨年:そうですね。エレクトロニカでいうとharuka nakamuraさんが大好きで、フィールドレコーディングもその影響でやるようになりました。
lj∮Å:私も元々haruka nakamuraさんやPeople In The Boxは大好きです。オルタナティブ全般が好きですね。あとはDAFのような70年代後半〜80年代くらいのドイツのエレクトロをよく聴いていて、木田さんにオススメした記憶があります。
木田昨年:あと、2人ともgroup_inou、uri gagarnが好きですね。
ーーそれにしても、膨大な情報量を詰め込んだ楽曲を手がけている木田さんが「音楽に疎い」と自ら告白するのは興味深いです(笑)。事実、影響を受けないために他人の曲はあまり聴かないというコンポーザーの方の話も聞いたことがあります。
木田昨年:僕も、自分のデモばかり聴いてます。

ーー木田さんはユニット・yohakやソロプロジェクト・ネオンネウロンでの活動も経験してきましたが、零度poolが「最終形態的な理想像」と語っていますよね。そこにはどのような差異があるのでしょう?
木田昨年:たとえばネオンネウロンでは、思いっきりやりたいことをやってるんですけど、あまりにも自我が出過ぎるというか。「木田が表れすぎている」という感覚があったんですよ。それはそれで良いんだけど、僕自身が芸術に感動したり刺激を受けることを通して救われてきたから、自分のことばかりではなくリスナーを意識した音楽をやりたかった。
ーーええ。
木田昨年:零度poolにはレイドちゃんというイメージキャラクターがいるんですけど、それはペルソナマーケティングを応用したものなんです。僕、SEOライターをやってたことがあって。
ーー具体的な読者のイメージ、細かい顧客像を設定することで、記事の精度を高める手法ですよね。
木田昨年:レイドちゃんは、そこから商業的な面を除いて芸術に振り切ったペルソナなんです。レイドちゃんの中には色んな物語があって、それは公開しないんですけど、僕はいつもそんなレイドちゃんが聴くことを意識して曲を書く。そうしたら誰かの琴線に触れることがあるだろうという想定です。そういう願いを込めて作ったキャラクター。
ーーレイドちゃんはアートワークに用いられるための単なるアイコンではなく、詳細な人物像やプロフィールがある。
木田昨年:eerieもそれを汲んでくれて、気持ちを込めて描いてくれています。eerie自身が表に出ないことも徹底していて、あくまでレイドちゃんが主体になっている。そこに僕が音を吹き込んで、eerieが声とアートを吹き込む、その呼吸がガチっと合っている感覚があります。
ーーそういった手法を踏まえると、零度poolは自己表現の場というより、誰かに確かな影響を与えるための共同作業に近い?
木田昨年:そうなんですよね。ただ、レイドちゃんの中には僕とeerieのパーソナリティも含まれているので、自然に自己表現にもなる。その微妙な塩梅を縫うのが上手くいったなと。常に自分を表現しながらリスナーにもアプローチできてるという実感が生まれたのはこれが初めてだから、零度poolは理想形なんじゃないかと思っています。
ーーお話しいただいたような背景にある設計思想と「零度pool」という名前はどう繋がるのでしょう?
木田昨年:名前は……なんだろう。
ーー語感が良いですよね。
木田昨年:そうなんです、すごく(笑)。あとは英語にするとlade(=積み込む、汲み出す)なので、空っぽのプールに注ぎ込み続けるみたいなニュアンスもあります。僕は作品を作るのがすごく早いので、ボンボン作っていこうと思っていたところもあるし。
ーー言葉や音を次々に注ぎ込んで溢れ出ていくようなイメージですね。「無政府状態ポストシューゲイザー・ユニット」という肩書きについてはいかがでしょうか?
木田昨年:そもそも僕はずっと自分が作ってる音楽がどのジャンルなのかわかってなかったんですよ。というか、未だにわかってない。ある人からはエレクトロだよねと言われるし、またある人からはハイパーポップだとも言われる。その中でもシューゲイザーに影響を受けた音楽をやりたいとは思っていて、ただ徹底してジャンルに振り切ることはできないなと。だったら、横断してとっ散らかっても戻ってくる幹のように、あえてシューゲイズを軸にしてみようというイメージがありました。
ーー「無政府状態」についてはどうですか? 実際の音像や制作手法を形容する言葉なのか、それともある種のアナキズムを志向するという思想の宣言なのか。
木田昨年:どうだろう。僕には天邪鬼なところがあって、言われたことと違うことをやったりとか、流行ってることと反対のことをやってしまうという意味でもあります。それと、絶対的な創作の楽しさを中心にして自由な表現をするという零度poolを立ち上げた時の指針を忘れないため。アナーキーではあるけど、人を傷付けるためのアナーキーではない。
lj∮Å:私もアナーキズムを意識してるわけではないですけど、木田さんの楽曲を聴いてると、彼の思うところが見て取れるなと。
木田昨年:この人、お利口さんみたいにしてますけど、意外とアナーキーなところがありますよ(笑)。人形作品に関してもですけど、だいぶ攻めた表現ができる。だけど、それを攻撃ではなく作品の美しさだけに使える。そのバランス感覚の良さを尊敬してます。
ーーちなみに、シューゲイザーというジャンルって、かなり特殊な美学と自由度を持った音楽だと感じていて。零度poolがシューゲイザーである必要性について、考えていることはありますか?
木田昨年:それこそ他人から言われてシューゲイザーというジャンル自体を意識するようになって、それから触れていくにつれて、短歌っぽいところがあるかもって思い始めて。情報量と、その使い方において。短歌って、かなり一撃で決めていくものじゃないですか。それと同じで、シューゲイザーも無駄があったら美しくない。どこを削ぎ落として洗練させるかという音楽なのかなと思っています。
ーーなるほど。個人的にはむしろ、シューゲイザー=マキシマイズされた音楽という印象があったりもします。その過剰性を零度poolは上手く飲み込んでるなと。
lj∮Å:確かに、よくあるシューゲイズは音が多くて、ファズがガンガンにかかってて、音の粒子が広がっているイメージ。
木田昨年:そう、だから零度poolではその情報量を解釈し直したというか。僕はやっぱり邪道が好きなんですよ。だから、歌詞も過剰にしてみたり、エレクトロの要素をマキシマイズしてシューゲイザー部分を切り落としてみたり。そうやってどこに振り切るかを試すのが楽しかったりする。
lj∮Å:私は、音像+歌詞の複雑さによって他とは違うシューゲイザーをやれてると思ってて。音楽に乗ってる木田の言葉が結構な情報量で、一回だけ聴いても理解できない。繰り返し再生してようやく入っていけるみたいな。
ーー歌詞が過剰だけど音もマキシマイズされてるから言葉だけがうるさくならない、というバランスで天秤が釣り合っていますよね。あらゆる輪郭がぼやけていく音像の中でこそ共存できる形で。
木田昨年:僕が一番重要視してるのは伝わること。だからこそ伝わるギリギリを攻めたくて。音もただ粗くしてるわけではなく、ちゃんと聴き取れるレベルに留めるようにしてるんですよね。それで最終的に届けたいものが届けばいい。

ーーその手法と姿勢って、木田さんの書く歌詞の内容とすごく重なります。過剰な感情を描きながら、着地点がとにかくか細い。「快晴の予報に喜んだり、 / 僕の訃報に泣いたりして。 / そのあとはぜんぶ、忘れていいから。 / 今だけはここにいてくれないかな。なんて。」(「ジュノーの知らない六月で」)とか、「せめて君のタバコの吸い口を噛みたい。わからない程度に、無意味だけを遺したい」(「完璧な都市で君を見失う」)とか。
木田昨年:そう。なんか……握手したい(笑)。反抗したいとか、目立ちたいとか、色んな感情が湧いてきても戻ってくるのは寂しさなんですよ。僕にはずっと拭えない孤独感があるんだと思う。寂しさが音楽の原動力で、また作りたいと思う理由だからこそ、そこに辿り着くまでの過程をいかに美しく描くかをいつも考えてて。それが、文学も含めてずっと創作をやってきてようやく見えてきた僕の作家性なのかなと思います。
ーー突っ込んだことを言うと、さっきのリスナーのことを常に意識しているっていう話とは少し矛盾を感じたりもします。物語のハッピーエンドではなく、自己嫌悪からのささやかな救済だけを望んでいる。それはある種、木田さんのセルフィッシュな思いの表れなのかも、とか。
木田昨年:それは実際あると思います。めちゃくちゃ傲慢なんですよ、僕自身が。そもそも他人を救いたいみたいな考えだって傲慢だし。それでも実際に「救われました」という言葉を聞いてしまうと、こちらの心が動かされてしまうんですよね。だから、自分が認められたいという気持ちと、誰かを救いたいという気持ちを、無責任に両方持ってる。そのためにレイドちゃんというペルソナを設定したということでもあるし。
ーー結局、他人を本当に刺せる表現はそのために切先が細く研がれたものじゃないといけないし、木田さんはそのためにパーソナルな思いを注いでいるのかもしれない。
木田昨年:今お話をしていて見えてきたんですけれど、多分ネオンネウロンは我が強すぎて刺しすぎたんですよ。だから一つフィルターがあった方が良いんだと思う。
ーー木田さんとしては、レイドちゃんというフィルターを通すことで丸めているという意識なんですね。
木田昨年:ネオンネウロンでは実験をするのが好きで、零度poolでは実験性も取り入れながらジャンルを成立させるテクニカルさが欲しいと思ってるんですよね。
lj∮Å:とはいえ、どのプロジェクトでも一貫して素直さがあるのが凄いと思ってて。レイドちゃんを通したとしても、木田さんが書いてる歌詞だなって感じる。
ーーlj∮Åさんとしては、木田さんの紡ぐメロディと言葉をどういう意識で歌っているのでしょうか?
lj∮Å:技術的な面では、後で色々加工とか……。
木田昨年:(笑)。めっちゃします。
lj∮Å:なので、あまり感情を昂らせず一定の熱量で冷たく歌っていくというのがベースにありますね。そこに自分の解釈は乗せるんですけど、個性が出過ぎないように気を付けてます。lj∮Åという読めない名前も、匿名性を持たせたかったから付けたものです。
ーーサウンド面についてもお伺いしたいのですが、そもそも過剰な音像とアレンジによって、どう制作されてるのかよくわからないというところ自体が零度poolの音楽的魅力だと感じています。全体像をぼやかすことは意図して行っていることなのでしょうか?
木田昨年:結構意識してますね。それこそ、僕も匿名性を持たせるのが好きなところがあって。我は強いけど、曇ってるものもすごく好きなんですよ。あとは一つの挑戦でもあって、どういう音を聴き分けられてるかリスナーさんに問い掛けたい。制作上の遊び心の表れでもあるし、どうやってるかわからないものを作るのが理想でもあります。
ーー音のカオスさには、身体性をなくして言葉とメロディに焦点を絞らせる役割もあるんじゃないかと思います。
木田昨年:目的としては仰る通りです。身体性から逃げたい気持ちがあるんだと思う。ボーカル処理が過剰なのもそうで、人間らしさが失われるところまでやってしまいたい。なんでこんなことしてるんですかね(笑)?
ーー(笑)。目的に基づいた理由と、純粋にリスナーを驚かせたいという欲求の両方があの音に結実してると。
木田昨年:はい、両方あります。
ーー話せる範囲で構わないのですが、実際にどういったプロセスで楽曲を制作されているんでしょう? 打ち込みなのか、演奏なのか、サンプリングなのかも判別できない時すらあって。
木田昨年:まずは打ち込んで、ギターとピアノは演奏できるので、弾きたいところは弾いてます。ドラムはグルーヴが足りないなと感じたらパッドで叩くし、逆に安っぽさが欲しいときはわざとグリッドにハメたりする。で、その後にリバーブとかディレイを過剰にかませまくってる。その他に、企業秘密があります。
ーーlj∮Åさんのアートワーク制作については、どういったコミュニケーションで進んでいきますか?
lj∮Å:木田さんはとにかく制作のペースが早いので……上がってきた曲のイメージからラフを何個か出して、それを受けてまた曲を作ってもらって、EPやアルバムが完成していくっていう感じで。楽曲を聴いた時に見えた映像や風景を書き起こすイメージで、カラーの方がいいかモノクロの方がいいかについてもその時に見えてきますね。
木田昨年:1、2曲デモができた時点で描き出してもらうんですけど、その絵を見ながら僕がインスピレーションを受けて曲を作るという流れができてて。それが燃えるんですよ。「この絵に曲を書きたい!」って。
ーーアートワークが音楽に従属するような関係ではないということですね、興味深いです。ところで、先ほどから制作のペースのことがちょくちょく話題に上がっていますけれど、零度poolは現在までに4枚のフルアルバムと9枚のEP(※取材時点)をリリースしていて、この作品量にはちょっと異様さすら覚えます。自然に溢れ出て止まらないのか、それとも何かしらの使命感や切迫感によるものなのかでいうと?
木田昨年:いやもう、楽しすぎてやってるだけで、むしろ抑えてるんですよ。本当はもっと出したいけど、そんなことをしてもリスナーさんが聴けないじゃないですか。それでもネオンネウロンを含めると、アルバムが出た数日後にまたアルバムが出てたりするんですけど。
ーーすごい。もう、捧げられる時間はすべて制作に注いでいる感じですよね。
木田昨年:あんなに楽しかった『どうぶつの森』もやらなくなっちゃって。
ーー細かいスパンでモードが切り替わっていくから、その時の木田さんの状態が刻々と冷凍保存されていくような印象もあります。
木田昨年:それは大いにあると思います。で、零度poolはやっぱり2人のユニットなので、僕が独占しているわけではなくて。たとえばeerieがその時に考えていることを聞いて曲を作ることもあって。ただ僕が一方的にプロデュースしているわけではなく、零度poolの状態が保存されている感じですね。

ーーこれまでの自身の音楽性の変遷については、どのように捉えていますか?
木田昨年:やっぱり似た作品を出したくないという思いはありますね。それに、作品を出した直後にやり残したことがあって、すぐに次を作りたくなって。その繰り返しなので、まだ一回も完全に満足のいく作品を出せてはいないと思います。
ーー今年リリースされたEP『夏シュtart・てsト』『ジュノーの知らない六月で』はそれまでよりも一層カオティックかつエナジェティックで鮮烈でした。
木田昨年:4thアルバム(『深海恐怖症と25mのプール』)が陰鬱かつ静かで美しいまとまり方の作品だったので、その反動が来たというか。それで、シューゲイズというものが僕自身まだ全然わかっていないのなら、言語から攻めてみようと思ったのが『夏シュtart・てsト』なんです。言葉をどこまで人間離れさせられるかを試したりして。
ーーシュールレアリスムにおける自動書記みたいな?
木田昨年:いや、シュールレアリスムから受けている影響は確かにあるんですけど、この歌詞に関しては元々ちゃんと書いた上で、それをバラバラにしています。意味がないというわけではなく、むしろちゃんと意味のあるものを崩壊させてどこまで伝わるか、ゲシュタルトがどこまで崩壊するかをテストしたEPです。『ジュノーの知らない六月で』は、5月の途中で気温が変わった時に、それがめちゃくちゃエモいと思って作って……。
ーー(笑)。意図がある作品と、衝動から生まれる作品がある。
木田昨年:もちろん毎回コンセプトは用意していて、『ジュノーの知らない六月で』はジューンブライドをテーマにしています。ジュノーという神様から物語を膨らませつつ、レイドちゃんが過ごしている風景を想像しながら作ってました。
ーー取材時点で最新作であるEP『夢日記と生活の記録』はまたそこからモードが切り替わって、ローファイでリラクシング&チルな一面を見せていますね。
lj∮Å:可愛さを意識したところはあるね。
木田昨年:生活感と夢の狭間を縫うような音と言葉を書きたくて。ジャケットも、部屋でのレイドちゃんを描いたものになっていますね。今まで突飛なものを作っておきながら、どうしても肉体がここにあって離れないという、ずっと感じていたジレンマを消化したかったんだと思います。なんていうか、どうしても肉は肉じゃないですか。その実感を無視するのは嘘だなと思って。可愛さでパッケージしてるけど、奥の方を覗き込むとグロテスクさを感じられるようなEPになっています。
ーー肉体からの逃れられなさって、特にロックやバンド的表現においては宿命的なテーマですよね。サブスクの普及でカルチャーと所有の関連性が薄くなる中で、バンドマンだけはいつも重い荷物を持ち運んでいることのスマートじゃなさと、それ故のロマンについて、最近よく考えています。
木田昨年:実は、9月15日にリリースする次のアルバムも、肉体やサブスクのこと、これまで形を変えてきた音の系譜自体をテーマにしたくて制作したんです。重たい楽器がDAWという目に見えないものに移行していった流れを、ソロモンの悪魔に重ねていて。僕たちはどんどん実体が見えなくなる場所に来ているなと思っていて、その現在地を描こうとしたアルバムになっています。
ーー楽しみにしています。リリースの他に、より横断的な表現やライブ活動などのビジョンはありますか?
木田昨年:ライブをやりたいっていう話はめっちゃしてますね。しばらく休んでたので。あとは、次にCDをリリースする時には面白い形にできたらいいなと思っていて。たとえば歌集が付いていてもいいし、何かの媒体に向けて作られたアルバムもいいし、面白いことができないかは常に考えています。いただけるお仕事も、なんでもまずはやってみたい。
ーー最後の質問なのですが、この零度poolというプロジェクトに完成はあると思いますか?
lj∮Å:毎回、作品ごとに違うものを作っているので、世界にあるものすべてを作り切るのは難しいんじゃないかな。無限にできるような気がしています。
木田昨年:どう落とし前を付けるのかが自分でも楽しみではあります。サザエさんみたいにずっと続いていくのか……誰かが卒業するわけでもないし。でも、「これで終わり」って思えたらめっちゃ気持ち良いんだろうな。さっき話した次回作も手応えのある好きなアルバムではあるものの、満足っていうわけではなくて。満足できる作品を作ったらどうなるんやろうって、ずっと思っていて。技術的な話ではなく、零度poolというコンセプトが完成する形について考えてはいるけど、まだわからないというのが正直なところです。
ーーlj∮Åさんが仰った通り、描き切れていない余白の部分はこれからも拡張され続けていくでしょうからね。
木田昨年:それが楽しみでもあります。太宰治の『グッド・バイ』だって未完ですからね。

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