DigOut編集部のよしおが選んだ楽曲たちをプレイリストにし、それに合わせて空想の物語を短編小説に昇華しました。
“音楽を通して物語を楽しむ”をモットーに作った「Concept Playlist」
今回のConcept Playlistのテーマは「物語の始まり」「過去」
隙間時間ができた時のConcept Playlistはこれで決まり!昔、友達とこんなことしたな…あそこに行ったな…なんて物思いに耽りたい方はこの物語とプレイリストで存分に回想しましょう!!
そんなConcept Playlistとなっております。
月とラクダ
いつものコンビニ前に俺が着いたのは、11時50分だった。まだ誰もいない。アスファルトの照り返しだけがやけに元気で、信号機の影がくっきり地面に落ちている。自転車を止め、ペットボトルの水を一口飲む。
「まぁ、俺が一番乗りだよな」
11時55分。くまが来た。遠くからでも分かる。新品みたいに光る自転車、きっちり被ったヘルメット、背中のリュックも妙に新しい。それにでかい。
「おはよ……いや、こんにちは?」
「早いな」
「時間は守らないと。誰も来てないの?」
「まだ」
「よかった」
なにが“よかった”のかは、くま自身もよく分かっていないだろう。12時ちょうど。ふくたくが、いつものペースで現れた。急ぐでもなく、遅れるでもなく、きっちり時間通り。
「お、揃ってるねー」
「揃ってはないけどな」
ふくたくが笑う。腕に巻いた時計が12を指し、くまが口を開く。
「本当なら、ここでスタートだよね」
「本当ならな」
12時5分。軽く手を上げながら、ケンボーがやって来た。
「うぃー」
「5分遅刻」
「んま、誤差だろ」
悪びれる様子は一切ない。
「じゃあさ、12時5分スタートってことで」
「それは違うだろ」
「気持ちは12時」
「気持ちで時間は戻らない」
少しだけいつもの言い合いを挟んでから、日が暮れるまでどこまで行けるかの冒険が始まりを告げる。俺、ケンボー、くま、ふくたくの順で、自転車が一斉に走り出した。
最初は閑静な住宅街。心地よい風に揺れる洗濯物が、視界の端を流れていく。しばらく走ると、どこからかカレーのいい匂いが鼻を掠めた。
「お腹減るね」
「まだ昼だよ」
「昼だからじゃね」
ケンボーは前を見たまま言う。他愛のない会話すら途切れるほど走っていると、周囲の建物が徐々に低くなっていくのが分かった。ケンボーの鼻歌を背中で聞きながら田んぼ道に出ると、空気が変わる。湿った夏の匂いに、まとわりつく雑草の臭い。アスファルトが熱を持っているのは、遠くで揺れる陽炎を見れば一目瞭然だった。
「どこまで行けると思う?」
「海に行きたいな」
「遠くない?」
「そういう冒険じゃん?」
ケンボーが答えると、ふくたくが頷いた。そんな会話を続けながら走っていくうちに、くまの様子が少しおかしいことにふくたくが気付いた。速度が落ちていくくまと、それに合わせて減速するふくたく。
「おーい!」
ふくたくが声を上げた直後、
「ガシャン…シャリシャリシャリ……」
自転車のチェーンが外れた音が響いた。その音とふくたくの声に、ケンボーと俺はUターンする。
「壊れた?」
「壊れてはないな」
ケンボーはすでにくまの自転車の横にしゃがみ込み、チェーンに指をかけて具合を確かめている。それを見たくまは、思い出したように軍手を差し出した。
「これ使って!」
「なんで持ってんの」
「念のため」
「不幸中の幸いってやつだね」
ふくたくがドヤ顔で言った難しい言葉を、3人とも聞かなかったことにした。修理の間、俺たちはガードレールに腰を掛けながら慣れた手つきのケンボーを見ながら水を飲む。時間はまだたっぷりある。少しだけ“旅”っぽくなってきた気がして、胸が躍った。少ししてケンボーがカバーの内部にあるチェーンをはめ直す。
「いっちょあがり! ブラックおごりなー?」
「ありがとう! いつものブラックね!」
そんな小さなトラブルをよそに、ケンボーはいつもの調子で軽口を叩きながら走り出した。
それからしばらくして、会話をしながら走っていたあたりから、空の色が少しずつ変わり始めた。真上にあった太陽が、いつの間にか俺たちの正面に移動している。
「なんか、さっきより自転車重くない?」
くまが息を切らしながら言う。
「風だな。向かい風」
「聞きたくなかった」
「現実は聞かなくても来る」
その言い方が妙に納得できて俺は笑った。道はだんだん細くなり、舗装されていない道に入る。自販機が一台だけポツンと立っており、全員が無言でそこに吸い寄せられた。
「休憩する?」
くまの一言に食い気味に答える3人。
「する」
「異議なし」
「俺も」
小銭を入れる音が、やけに大きく響く。くまはスポーツドリンク、ふくたくは炭酸、俺は無難に水、ケンボーはくまに奢ってもらったブラックのコーヒー。
「今それ?」
「今だから」
一口飲むその顔が、大人みたいで少しムカつく。そんな秘めた愚痴を隠しながら再び走り出し、しばらく無言の時間が続く。ペダルを踏む音、風の音、そこに遠くで聴こえる波の音が混ざり始めた。
「海、近くない?」
くまが言った瞬間、全員の顔が少し上がる。確かに空気が変わっている。湿っぽくて、塩っぽい。最後の坂は、地味にきつかった。距離は短いのに、足が言うことを聞かない。
「押す?」
「押したら負け」
「誰と戦ってんの」
「昨日の自分」
結局、誰も押さずに登り切った。その先で、視界が一気に開ける。海だった。夕焼けに染まった水平線と、その手前に立つ白い像。ラクダに乗った二人が、静かに月を見上げている。俺たちは言葉もなく、自転車を止めた。太陽が、ちょうど地平線に触れる。沈むというより、溶けていくみたいだった。
「ここがゴールだろ」
「うん」
ふくたくが頷く。くまは何も言わず、ずっと溶けていく太陽を見ている。暫くして日が完全に溶けきり、空が少しだけ青くなった頃、くまがぽつりと口を開いた。
「…帰るの、めんどくさいね」
一瞬の沈黙。それから俺が笑う。
「それ言うなよ(笑)」
4人分の笑い声が、夜に入りかけた海沿いに、少しだけ残った。

